ネェ・・・シヌッテ、ドウイウコト?
オニイチャンタチ・・・オシエテ?
彼岸と此岸が交差する、逢魔が時に。真新しい土饅頭の前に佇んでいた幼女が言った。

 

 

逢うが時に出会う 
053:壊れた時計)

 

 

カチリ。コチリ。
カチリ。コチリ。
狭い破れ家に場違いにかけられた掛け時計が、自己を主張して時を刻む。
沈黙。狭い部屋に男四人、思い思いにばらりと休息を取っているはずなのに室内を埋めている空気は重い。常ならば、ふわふわと空気中に軽やかに浮いている物すらも、今は落ちて、四人の間をみっしりと埋めているようだった。
「言えなかった・・・な。」
ポツリ。ずっと壁に寄りかかって時計の長い針が短い針を追い越していくのをジィ、と眺め続けていた白い髪の男が言った。
けれど誰も応えるものは無く、その言葉もみっしりと落ちているものの中に沈んでいく。
カチリ。コチリ。響くのは自己主張を続ける時計の音だけで。
長い綺麗な黒髪を持つ男は少しばかり目を動かしたのだけれど。
隻眼の男は燻らせた煙管を大きく吸い込んで天へと吐き出したのだけれど。
常に笑顔を絶やさずにいる男は一瞬誰にも分からぬように僅かに顔を歪めたのだけれど。
けれど返ってくるのが沈黙でも、互いに分かっている。
根底にあるものが。想っている事が。感じている事が。同じだと。
生きている者ならば、必ず来る『ソレ』の事も、その他のこの世の理すらも知らない、頑是無い幼女に『ソレ』を教える事は容易い事だったろう。
先に生まれ落ちた者として。世の理を知ってしまった者として。
他の者達と同じ様に。
『ソレ』はね、と。それは残酷に。優しく。真綿にくるんで、締め上げるように。困った様に笑いながら、優しく教えてあげる事ができただろう。
幼子が避けられぬ現実に傷つかぬように、優しく。いつか傷つくのだと知りながら。
でも。出来なかった。誰も。四人が、四人とも。
どうしてか。だって。何故なら。俺達には。

 

『ソレ』は余りにも、リアルすぎて。

 

魔の行き交う赤の時刻に出会った魔物のような幼女。
世の中を埋めつくす色とは不釣合いに、むせ返る様な花の香りが匂いたっていた。匂いを運ぶ風は幼女の長さの揃っていない髪を無情にも幼女の顔に叩きつけていて。それに負ける事無く見上げる、その幼女の目は世の中を映しただけでなく、赤くて。それで。
ネェ・・・シヌッテ、ドウイウコト?
オニイチャンタチ・・・オシエテ?
世の他の者達と同じ様に、笑って、哀れむような微笑で事務的に教えてあげる事が出来たなら、どんなにか楽だったろうに。
でも出来なかった。それすら。『ソレ』に関するステレオタイプな言葉すら、誰一人並べる事が出来なかったのだ。
ただ、立ち尽くすだけで。教えて、あげたかったのに。
その恐ろしく赤く澄んだ目で見つめられるのが恐ろしくて。目を、逸らして。
残酷な赤い世界で出会った、大人達に懸命に助けを求めていたのだろうに。
大切な存在を無くした答えを、理由を探していたのだろうに。
それを。

カチリ。コチリ。

「・・・・・なぁ・・・。」
いつか。
いつか、また何処かであの幼女に会うことができたなら。その時は。
その澄んだ目に臆する事無く、しっかりと見つめてあげられるだろうか。
『ソレ』の真実を話してあげる事が出来るだろうか。
いや見つめてあげたい。真実を話してあげたい。
今は、無理だとしても。今はただ、ただ、あの子の幸せを願うだけしか出来なくても。
きっと、いつか。会えるその日の為に。

「・・・強く、なりてぇなぁ・・・・。」
返る言葉は無い。また、声は下へ下へと沈んでいく。
長い綺麗な黒髪を持つ男は少しばかり目を動かしたのだけれど。
隻眼の男は燻らせた煙管を大きく吸い込んで天へと吐き出したのだけれど。
常に笑顔を絶やさずにいる男は一瞬誰にも分からぬように僅かに顔を歪めたのだけれど。

カチリ。コチリ。
破れ家に似合わぬ掛け時計は時を刻み続けている。
もうすぐ鐘が鳴るだろう。

 

 

 

 

<了>