日常の中の非日常(という幸福)

 

誰か、この日常の中の非日常から俺を助け出してほしい。そうしなければ、この甘やかで、破壊的な非日常に気が狂ってしまいそうだ。
頭上では白い大きなシーツに、着物に、長い帯が春の風にはためいて影を作っている。時折、はたはたと揺れる洗濯物の合間から宇宙船の航行の跡を残した青空が見えた。
どこまでも、そう、どこまでも平穏で平和な「日常」の風景だ。
耳を澄ませば何処かで子ども達が元気良く遊ぶ声が聞こえるし、時折ブルルルと少し古くなった原付のエンジン音が下の道路を通り過ぎていく。
それらと確かに自分も同じはずだったのだ。小半刻前までは。
朝から定休日である彼女の店の掃除や買出し、洗濯を手伝い、茶を入れて、一息入れようと春の陽の差し込むベランダに一緒に座って。
いつもと何も変わらない、常連客よりは少し上、恋人と言うには少し下の、隣にいても穏やかだが少し余所余所しい、心理的に距離のある関係の愛すべき「日常」だった。
そんな風に己は目の前に流れる「日常」と同じはずだったのに、今は眼前のそれらとは遠く己とは完璧に隔絶されて、流れ続ける「平和な日常の風景」はただ、今の自分の置かれた状況が現実である事を冷酷に示すのみだ。
いわば現実に己を繋ぎとめる鎖だ、現実逃避もさせてはくれない。思わず怨めしさに誰に向けるでもなく眉間に皺を寄せる。
突如襲ってきた日常の中の非日常に全身の血が沸騰して今にも息絶えてしまいそうなのだ。攘夷戦争の英雄と恐れられている男が。
眉間に皺を寄せたまま、視線をそろりと横へ向ける。相も変わらず非日常の原因は己の肩にもたれて深く意識を手放したまま。
春風が吹いて柔らかな薄茶の髪が己の頬を悪戯にもくすぐったので、桂はまた何度目かの溜め息をついた。


これが非日常ではなく日常となる日が来ることを願っても良いものだろうか、と思いながら。


<了>

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とあるサイト様の作品に触発された突発作品。短いけども。
書き上げられた〜〜〜嬉しい〜〜vv
桂幾再登場したし、頑張るぞvv