あら、あの子。

煌びやかなネオンがチラホラと色づき始め、夕闇の迫る繁華街。遠目に、見覚えのある桜染色の着物を見出して、歩く度にカタカタと音の鳴る空の岡持ちを片手に、幾松は思わず立ち止まる。

高く結い上げられた柔らかな黒髪に紫玉の簪。年齢と不釣合いに落ち着いた雰囲気と、独りの時であれ、仲間連れの時であれ、見かける度に浮かべている微笑がひどく印象的な少女。その少女が今もまた菩薩の如く笑みを口元に湛えつつ、未だ存在の薄いネオンの光に照らされながら幾松の方へと歩いてくる。彼女の進む先、つまり幾松の後方には彼女の職場のネオンが夕闇の中で一際絢爛に明滅している。きっとこれから彼女の一日は始まるのだ。

彼女と言葉を交わしたのはたったの数回、しかも片手で足りるほど。それも思い起こせばどれもこれも擦れ違い様の軽い挨拶程度のもので。双方知り合いにも満たない顔見知りほどの関係。それなのに幾松は会う度に、驚く程に強い親近感を彼女に感じている。

何故なのかと見かける度に自問すれば、性格や年齢、職業は違えど、きっと、心の奥底にあるもの、立ち位置や境遇が、そして信念が互いに似通っているからだという答えにいつも行き着く。彼女に初めて会った時に傍に居た(驚くべき事に彼女の連れだった)常連客の男の口から、ラーメンを啜りつつも愚痴のような形をとって、度々切れ切れに飛び出す彼女の話を拾い集めてみるに、少しばかり形が違うだけで彼女の境遇も立ち位置も、そして心の奥底にあるものさえも己となんら変わらない。他人事とは思えぬ気がしていた。そうして、会う度にその想いは募っている。

彼女にも護りたいものがあるのだろう、その為に背筋を伸ばして戦っているのだろう。

誰に寄りかかるでもなく、独りで。けれど、多くの人に護られ、支えられながら。

彼女も。

ほぅ、と息を吐いて幾松は再び歩き出す。カタン、と岡持ちが鳴った。

あんた最近お見限りだったじゃないか。随分心配しただよ。そう心の中で呟く幾松の耳には岡持ちの小気味良い音と夕暮れの繁華街の喧騒が絡まりながら聞こえている。

少女はすぐ其処まで来ている。少女の柔和ながら強い光の宿る瞳に岡持ちを提げる幾松の姿が少しずつ映りこみはじめている。幾松は微笑みながらもその歩みを止めない。

もうすぐ擦れ違う。少女はあの微笑を浮かべながらゆっくりと頭を下げた。

 

 

街角で出会う戦友

柳生編の後